法人税を上げたら企業は海外に“逃げる”?――数字で落ち着いて考える初心者向けガイド

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法人税を上げたら企業は海外に“逃げる”?――数字で落ち着いて考える初心者向けガイド


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法人税を上げたら企業は海外に“逃げる”?――数字で落ち着いて考える初心者向けガイド

「法人税を引き上げると、企業が一斉に海外へ本社を移すのでは?」――よく聞く心配ですが、実際のデータ数字の読み方を知ると、見え方がぐっと変わります。
本記事では、話題の「税率1ポイント上昇 → 本社移転率16.8%上昇」という結果を、100社のカンタンな例に置き換えて、ゆっくり丁寧に解説します。

まず結論(TL;DR)

  • “16.8%上昇”とは、移転の件数が16.8%増えるという意味で、企業全体の16.8%が移転するという意味ではありません。
  • もともと100社中2社が移転していた場合、2社 → 2.34社に増えるだけ。追加は0.34社です。
  • 税率は要因のひとつ。人材・インフラ・サプライヤー・市場規模・法制度など、移転にはほかにも重要な要因がたくさんあります。
  • 「優遇をやめたら大量逃亡」というのは言い過ぎ。ただし業種や個別事情で差は出るので、丁寧な設計が大切です。

数字のキホン:「ポイント」と「%(パーセント)」の違い

用語 意味 今回の文脈での例
税率1ポイント上昇 たとえば29% → 30%のように、“値そのもの”が1増えること。 29% + 1ポイント = 30%
本社移転率が16.8%上昇 移転の件数(率)が16.8%増えるという意味。
“移転企業が全体の16.8%になる”という意味ではない。
2社 → 2社 × (1 + 0.168) = 2.34社

※ ここでは理解のために「100社中2社」と単純化しています。実際のベースライン(もともとの移転率)は国・時期・サンプルで異なります。

具体例:100社で考えると“どれくらい増える”の?

計算の流れ

  1. ベース:100社中、毎年 2社 が海外へ本社移転しているとします。
  2. 法人税率が1ポイント上昇したとき、研究では移転率が16.8%増えると報告。
  3. 2社 × 1.168 = 2.34社。増えたのは+0.34社だけ。

見た目は「16.8%増」とインパクトがありますが、絶対数は小さいことがわかります。

ベースラインが違うとどう見える?

もともとの移転数(/100社) 16.8%増後 増加分
1.0社 1.168社 +0.168社
2.0社 2.34社 +0.34社
3.0社 3.504社 +0.504社

※ 「割合(%の増加)」と「件数(絶対数の増加)」は印象が大きく異なります。ニュースでは割合が強調されがちなので注意。

そもそも、企業は“税率だけ”で動いていない

  • 人材・採用・チームの維持:優秀な人材が集まる都市か、言語・文化・ビザの壁は?
  • サプライチェーン:主要な仕入先や顧客への距離、物流コスト、通関のしやすさ。
  • 市場アクセス:現地市場の規模・成長性、規制環境、法制度の安定性。
  • 移転コスト:本社機能の移転は直接費だけでなく、信用・ブランド・内部統制にも影響。
  • 税制全体の設計:税率だけでなく、控除・減税・研究開発優遇・損失繰越などの組み合わせ。

つまり、税率は「複数ある決定要因の1つ」に過ぎません。だからこそ、“税率 = 大量逃亡”と短絡しない視点が大切です。

よくある誤解Q&A

Q1. 「移転率が16.8%上昇」=「16.8%の企業が移転」なの?

A. いいえ。もとの移転件数が16.8%ふえるという意味です。100社中2社→2.34社のように、絶対数は小さいことが多いです。

Q2. じゃあ税率を上げてもまったく問題ない?

A. 「絶対に問題ない」とは言えません。業種(知財集約・金融・資産運用など)や各社の事情で感応度は違います。
だからこそ、目的に合わせた丁寧な制度設計(優遇の的確化・透明性・簡素化)が重要です。

Q3. 税率を上げると投資や雇用が必ず悪化する?

A. 一律ではありません。税は意思決定に影響しますが、需要・為替・金利・補助金・規制など他の要因も同時に効きます。
政策はトータルのパッケージで評価するのがコツです。

Q4. 「優遇の廃止=大量逃亡」は本当?

A. データが示すのは増加は限定的ということ。むしろ、優遇の整理・透明化で予見可能性が上がり、企業が中長期計画を立てやすくなる面もあります。

政策を考えるときの視点:バランスが大事

  • 公平性:過度な優遇で実効税率が極端に低いケースは、競争条件を歪める恐れ。
  • 成長・投資:研究開発・設備投資・人材投資を促す狙い撃ちの優遇は効果的になりやすい。
  • シンプルさ・透明性:企業が読みやすい制度は、予見可能性を高め、移転動機を弱めます。
  • 国際ルールとの整合:グローバル・ミニマム課税(最低15%)など、国際的な“底”も踏まえる。

まとめ

「税率を上げると企業が海外に逃げる」という不安は、割合の見え方に惑わされやすいテーマです。
ポイントは、“16.8%上昇”=絶対数はごく小さい増加になりやすいこと。そして、企業は税率だけで動かないという事実。
政策は公平性・成長・透明性・国際整合のバランスがカギです。感覚ではなく、数字と仕組みで落ち着いて考えましょう。

(付録)この記事の使い方:ニュースを読むチェックリスト

  1. 「何がどれくらい増える?」――割合(%)だけでなく件数で見る。
  2. ベースライン(もともとの移転率)は?――期間・対象・国で違う。
  3. 税率以外に何が影響?――人材・市場・インフラ・制度も必ず確認。
  4. 政策はセットで評価――優遇の的確さ・透明性・国際整合をチェック。

※ 本記事は初心者向けの入門解説です。実務・投資・税務の判断は、最新の法令・統計・専門家の助言をご確認ください。


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